2015年05月23日

【S鯖ストーリー15期分】眠れる半妖とその妹姫

こんこんと。白い瞼を動かしもせず。
半妖の頭領は眠っていた。

そんな主を背にして、国を出て行く者が二人。



りくるめーてるアイコン.png

りくる
希鈴の側仕えの子供。単眼種の半妖だが人間に擬態している。

野獣アイコン.png

野槌
半妖一族の忍びの元締め。希鈴の昏睡の第一発見者。

希鈴術式アイコン.png

希鈴
半妖一族の頭領。今期、謎の昏睡状態に・・・?

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千々
半妖一族のくのいち。明るく元気でちょっと(かなり)おばか。

止まり木SSゆうがアイコン.jpg

遊雅
旅先で出会った羽根付き精霊。若く見えるが既婚で子連れ。

カルラアイコン.bmp

カルラ
希鈴の妹。異国に暮らしていたが、少々手荒く野槌に招かれ・・・。

カルタ.png

カルタ
カルラの姉のパワフルな神官戦士。当然カルラと同じく希鈴の妹である。
 

「頭領、いつまで経っても起きやんねぇ…」

心配そうに覗き込むのは変わった方言を使う少女。
頭頂近くで結われたツインテールも、どこかしょげているようであった。

「んー。でも、何ヶ月も昏睡してる割には、別にやつれてもいないし、
寝息だってゆっくりではあるけど規則正しいし。
ちなみに精霊力的に言えば、普段より活発なくらいだよ。
体温もものすごく低いけど・・・、ひょっとしてこれ・・・冬眠状態ってやつに、
近いんじゃないかなぁ・・・?」


あるいは、と。
体温計を振りながら鳥人精霊の遊雅が紅の瞳を細める。

「そうだな、例えるならば、春先の桜の木・・・。
知ってるか? 2月やそこらの花をつける前の桜って、樹皮をめくったら樹自体が、
ピンク色に染まってるんだぜ。
一見葉もなく枯れ木みたいに見えても、来る時期に備えて内側は活動してんだよなぁ」


そう言ってひんやりと冷たい白い額、そして濃紺の髪を撫でると、
寝ている人物のまぶたが小さく動いた。

「…そんな気配がな。希鈴(コイツ)からは、するんだよなぁ」

バイタルチェックの道具を片付けながら遊雅が立ち上がる。
『こういうのは形から』らしい白衣の背中で青い翼がぱたぱたと揺れる。
が、それが医師ではなく看護師のそれで、しかも何故ミニ丈なのかは謎だが。

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「医術にも頼った、魔術にも頼った。それでも原因が掴めないとなると、
もう魔導科学しかないござるかなぁ…」


忍者服の青年が立ち上がった。
それを、少し離れたところで見ていた少年が、目で追う。

「魔導科学…っていうと、ヴァルトリエ?」
「うむ。拙者ちょっと出向いて、いい方法がないか、探して来るでござるよ」
「そっか、そだな。オレは頭領の世話をしなきゃいけないから離れられないけど。
任せちまっていいかい?」

「わっちも頭領の側にいたい…。野獣先輩、お願い出来るき?」

野獣先輩、と呼ばれた青年。
---久志納忍軍上忍・野槌 獣兵衛は微笑んで答えた。

「拙者にとっても希鈴殿は、大切な主君でござるゆえ。ニンニン」



出立準備をする野槌の背後に人の気配。
忍でなければ気付かないであろう、そのかすかな気配に振り向けば、
そこには先ほど無言で彼を見送った少年。
---ツインテールの少女くのいち・千々と同じく希鈴の側仕えである、
厄祓いの術士・りくるがいた。

「おや、どうかしたでござるかな、りくる殿」

上忍であるにも関わらず野槌は同郷の他の者にも分け隔てなく接する。
しかし、『流し雛』と呼ばれる自分を本心では蔑んでいることを、
りくるは知っていた。
それは野槌に限ったことではなく、久志納の民のほぼ全てがそう。
一般常識というレベルでそのように『教育されて』いるのだ。

人並み外れた鷹揚さを持つ頭領や一族出身ではない遊雅はともかく、
野槌や千々にとっては本当はりくると同じ部屋にいることすら、
苦痛で屈辱的なことなのかも知れなかった。
それでも、尋ねたいことがある。尋ねないといけないことがあった。

「…野槌、様。
貴方が頭領を見つけた時には、既に…倒れられていたのですね?」


小さな声でぽそりと問いかける。りくるはあまり、話をするのが得意ではない。

「そう言ったでござるよ、ニンニン」


対して野槌は話し好きだ。
それが本心かどうかはともかく、常に人を安らがせる暖かな声で、
友好的に語り掛けて来る。

「そして遊雅殿が検分した時には、もう…外傷は全く見当たらなかった…」
「『もう』とは妙な言い方でござるなぁ」

野槌が困り顔で後ろ頭を掻く。
けれどりくるは、表情一つ変えない。もっとも、それにはまた別の理由があるのだが。

「…久志納の忍は、傷を瞬間的に塞ぐ血止め薬を、持っていますね。
傷を完全に治す訳ではない分、その効果は劇的に早い」


ぴくり、と。人が気付くか気付かないかの、瞼の変化。

「拙者がそれを頭領に使ったと?」
「遊雅殿が精霊としての見地から頭領を診た後、ボクは改めてあの方の『厄』を調べました。
皮膚の深層に『厄』が集まって暴れ、血管の全てが何かに抵抗するかのように、
静かに…けれど活発に動いていました…」

野槌が荷造りの手を止め立ち上がり、静かにりくるの側に歩み寄る。
その頬をひと撫ですると、まだ子供じみた細い首に手を掛け、
軽く力を入れて掴んだ。

「……。やはり、思ったとおり。
君は危険な存在だったようだ、『流し雛』」


首から手を放し。
野槌が先ほどまでとは打って変わった、冷酷な瞳でりくるを見降ろした。

「それで? 忠実な懐刀くんは、私を処罰するのかい?」

言葉遣いも。まるでステレオタイプな『忍者』を表現するようなそれではなく、
どこか底冷えするような掠れ声。
しかしりくるは待っていたとばかりに、豹変した野槌の顔をじっと見上げた。

少年の顔には、変わらず表情がない。
それもそのはず、少年の正体は、単眼の妖であり。
今、ここに見えている大きな、けれどうつろな瞳は。
幻術で貼り付けてあるだけのまやかしであった。

まやかしの顔のその下の単眼は今、どのような表情を浮かべているのか。

「…立場はともかく、ボクの心の主は、頭領ではありません。
頭領はボクの『護衛対象』でしたが、ボクの『主』ではありませんでした」

「ふぅん?」

『流し雛』から掬い上げ、側仕えとして召し上げた頭領の、忠犬なのかと思っていた。
しかしもう既にいや最初から、彼の心は頭領の元に無かったという。

「ボクは母に捨てられ七瀬雛で育てられた。いわば最初の主は養父です。
そこを八珠堂様に引き取られた、といえば聞こえはいいでしょうが、
八珠堂様が頭領の元を離れるための替え玉です。
そもそも久志納衛士第七家の七瀬が、第八家である八珠堂の頼みを、
断る筈がない」

「つまり、実質買われて来た、と」
「その時点でボクの主君は八珠堂になり、そこから久志納に譲渡された、
ということになるのでしょう。
けれどボクの心の中では、どちらも『雇い主』でしかありません。
そしてそのことにより、それまでは絶対的主君であった七瀬の父上も、
ボクには『単なる元の持ち主』となりました」


野槌が思っていたよりも、乾いていたりくるの心。
目的のためには、人の心ですら道具として扱う、冷徹な上忍である野槌ですら、
りくるの普段の態度からは頭領への愛着や、
喧嘩友達である遊雅への情を感じていた。
が…。それすらも表面上の装いであったという。

「では、頭領に対する忠誠心は、はなから無いと」

「保護欲、のようなものなら、存在します」

顔を上げて見つめる少年の顔は先ほどと同じ、
愛らしいけれどどこかうつろなものではなく。
小さな顔の真ん中に大きな瞳が。
澄んだ、きらめく、大きな瞳が、たった一つ。

「保護欲…」

頭領よりも10歳以上幼いであろうこの子供から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
けれど希鈴を見ていればそれもわかる。彼はとにかく幼く、世間知らずで、純粋。
だからこそ野槌も『作戦』を変えたのだ。

「手折られたくない花。そんな気持ちは…無いとは言いません」

けれど『主君』としては。りくるにはもう、仕えたい相手がいる。

「それで、美しき花を手折るのは辞めてくれと、そう懇願しに来たのかな?」

ふるふる、と。赤茶けた髪が揺れる。
緑の単眼はまっすぐに、野槌を見つめたまま。

「興味が、ありました」
「興味…?」

野槌が首を捻る。

「…あんな小さな久志納の里にもまた派閥があり。
頭領は外の世界に関わり過ぎると、反対する者達もいるとは聞いております。
また頭領は一番上の姉姫様とは違い、異国人の母を持つということもあり、
里の民全員に認められている訳ではない、それも聞き及んでおります」


希鈴には本来、姉と兄がおり。
そもそもは兄が里長家を継いで頭領となるはずだった…。
その兄は出奔した訳だが、姉は女だからという理由で家を継ぐことが出来ず、
恨みを持ったまま里を離れたという。
兄弟の中でも兄と希鈴は異国から来た後妻の子であり、
姉は戦いで命を落とした位の高い巫女…里の守り神のような存在であった、
前妻の子であった。

だから姉からすれば、真に里長としてふさわしいのは自分であり、
女であるというだけで弟たちに位を奪われることには納得が行かず、
また彼女を支持する勢力もあったという。
その最も大きなものが、里の中でも比較的保守的な意見を掲げる、
長老会ということであった。

つまり希鈴という頭領は里長でありながら、里の長老たちには認められておらず、
また本人も準備ができていない、望まぬ状態のままで、長という責務を課せられた。

『彼』が中身だけでなく身体的に『成長出来ない』のも、
それが半妖としての力だけ、という理由ではなく。
大人になること…、責務を負うことを忌み嫌い、恐れているから…。
…であるかも知れなかった。

「そうだな。妖とは力を求めるためとはいえどんどん混血する癖に、
我らが故郷の民は異国の血を恐れ遠ざけようとする。年寄りは特にだ…」


野槌も重々しく、その口を開く。
彼も里の現状には、何か思うところがあるようだった。

「それでも今まではいなかった。頭領に直接、手を下そうとする者は。
先代頭領の奥様…希鈴様の母上様は、
異国人ということで酷い扱いを受けたと聞きますが。
それでも、先代ご本人には何も無かった。奥様を庇い里を脱する時でさえ、です」

「あぁ…」

そんなことか、とでも言いたげに。
野槌が顎に手を当て答える。

「頭領一族は始祖たる竜神の力を強く継ぐと信じられているからな。
祟りが怖くて手を出さないのだ、長老会の連中ですらね…」


ぱちくり、と。瞬く単眼。

「貴方は長老会側ではないのですか?
確か千々様は長老会の命を受けて、頭領の元に参ったと言われていましたが…」


『ソバメ』が何かわからないままに、希鈴の元に送り込まれてきた千々。
もっとも彼女に手を出せるほど希鈴は成熟していなかった。
しかし野槌は。小さく笑って、首を横に数回振った。

「同門の忍であったとしても、同じ依頼主を持つとは限らぬだろう?
まして下忍ですらない『草』と上忍が、同じ理由で動いていると思うのかい」

「…上忍に命令できるのは里長家の者だけ。
そうか…、長老会は上忍に、指図…出来ない…」


久志納忍軍は里を守るための忍者達。
その種類や役職は多岐にわたるが、彼らの最上位である上忍を扱えるのは、
里長家の者だけだと定められている。

「ということは、貴方は依頼ではなく…、自分の遺志で動いていると…。
唯一の主である、頭領への…、反…乱?」


ははは、と。普段通りの人の好さそうな笑顔を浮かべ、
あえて普段通りの言葉遣いで野槌が告げる。

「人聞きの悪い、これは反乱ではなく、慈悲でござるよ。
頭領を眠らせるのに使った薬とて、2〜3日夢遊状態になる程度のもので、
昏睡に入るようなものではござらぬ」


毒では、ない。…という。

「夢遊…? 何故…??」
「言わねばならないでござるか? 未だ幼いりくる殿に?
…まぁ、いいでござるが」


子供の姿をしていたとしても相手は『流し雛』である。
厄祓いや任務遂行のための技として、睦事についても仕込まれていると聞く。

「そもそもは長老会から、相談があってのことでござった。
とはいえ、実行を決断したのは、拙者自身であったがな。
なので千々を送り込んだのも、実は長老会ではなく拙者であったのだ。
彼女は知らないことでござるが」


野槌は淡々と話し始めた。

「りくる殿の立場では関係が無かったでござろうが、
元来、我が里の成人準備は10歳頃から始める。
まずは式神の捕獲・支配。それが成功し、成人する資格があると認められれば、
次に許嫁の選定でござる。許嫁は生まれながらに定められている場合が多いゆえ、
多くの場合ここで実質的な同居に入る。この期間に子を作っても勿論構わぬ。
そして15〜17歳の成人・・・元服、女子は裳着と同時に、
正式に結婚するのが、平均的な一族の人生でござる」


久志納は元の名を暮蒔といい、妖の力を借りての戦いを生業としていた。
戦で死ぬ者や、妖に取り込まれる者。民たちの寿命は短く儚い。
よって、人生はまるで早送りでもするかのように早く過ぎていたし、
そのための血縁管理も厳しかった。

一般の者ですらそんなものである。
里でも重要な長の家系ともなると、周囲が騒ぎ立てるのも無理は無い。

「知っての通り頭領は23にもなろうというのに未だ結婚の兆候は無い。
長老会の縁談も全て断り今に至る。
…最後の手段として千々を送ってみたが、全く効果は無かったでござる」

「はい」
「まぁそこについては拙者の読みが浅かったと言えよう。
頭領の好む『あにめ』とやらから理想に近い娘を選んだつもりではあったが、
頭領自身が筋の通った『へたれきゃら』なのは予想外であった。
『らっきぃすけべ』の一つも無いのでござるからなぁ」


『アニメ』というものを、多分何か誤解しています、と。
突っ込もうかと思ったが、りくるはとにかく話を聞こうと、
喉まで出掛けた声を引っ込めた。

「本人に任せても無理なら夢うつつに意識がない状態ならと考えた。
千々とは仕事の方向性の違う、手練のくノ一も呼んだのでござるが…」

「手練…あぁ、そっちの方向の…」

千々はくノ一ではあるが所詮『草』である。
いくら相手が朦朧としていても、男をどうにかすることなど、出来はしないだろう。

「ちなみに拙者の3番目の妻でござる。
まだ若く健康で、丈夫な子も既に1人産んでいる。畑としては全く問題ない」


任務のためには自らの妻も使う。
他人から見れば異常なことかも知れないが、彼らは任務に忠実な忍者であり。
また、上忍である野槌はその血の重要性から、複数人の妻を娶っているようだ。
それについても家が決めた相手であって、愛情があってのものではないだろうし、
他者に与えても痛くも痒くもないのだろう。
多分、その妻のほうも、同様であろう。

「これで満足でござるか?
もう他に聞きたいことはないでござるか??」

「野槌、様は」

りくるは考える。今回の件についてのあらましは聞かせて貰った。
彼の説明にはごまかしも嘘もないだろう。
けれど。
物理的ではない側面については。
野槌が『何故』、そのような行動を取ったかについては、何も語られていない。

長老会の依頼だったとしても。
里長家の者以外には命令されない立場の野槌がそれを引き受けた。
その理由は何なのか。
よもや単に、里長の跡継ぎ問題を案じただけでも、ないだろう。

「…どのような立ち位置をお望みなのですか?
頭領の実子を作り、その養育を一手に担い、そして…。
もしその後に頭領が自由意志で正式な妻を娶り、その子を後継に据えると言えば、
それは野槌様にとって長年の労力が無駄になる瞬間なのではないでしょうか」


ふむ、と。興味深げに、単眼の半妖を見つめた後、野槌は。
ははははははと豪快に笑い、低い位置にあるその頭を、がしがしと撫でた。

「やっぱり、誤魔化されてくれないか。君は冷静だね、忍に欲しいくらいだよ。
…ああそうか、既に七瀬が手塩に掛けた、優秀な暗殺者だったっけ」


暗殺者、その言葉に。
養父に命じられるがままに動いていた、過去の自分を思い出してしまう。

「……奪うだけの『雛』は廃業したつもりですが。気持ちはまだ解るつもりです。
貴方は何を、頭領から奪おうとして、いるのですk」

「なぁ」

りくるの問い掛けは遮られた。
遮ったのは当然、野槌。いつになく、神妙な表情を浮かべ、首を捻っている。
…りくるを『子供』、あるいは『道具』ではなく、
知恵に長けた一人の人間と認めたからかも知れない。
道化た芝居をする必要はない、と、踏んだのだろう…。

「『血縁』とはそんなに大切なものかな。
血縁に選ばれなかった者は、夢を見る資格すら与えられない、…と思うか?」

「……」

その問いは、りくるには残酷でありながらも、ゆえに。
既に向き合い、答えを出してきた、疑問であった。

「それを肯定してしまっては、ボクは自分を否定することになります。
母に捨てられた命。養父に道具と扱われた命。実父はきっと自分の存在も知らない」


血縁などという言葉は既に、りくるの中にはどんな重みも、残してはいなかった。

同じく血縁者を持たず、養父に育てられた親友が言っていた。

『本当の両親を信じるんじゃない、大好きなお父さんを信じるんだ』


そういって微笑んだ友の顔を思い出していると、
野槌が腹を決めたように、一つ大きな息を継いて言葉を紡ぎ始めた。

「私は、私が里を率いるのが一番良い、と思っている。
無論、本来の里長一族は尊重しながらではあるが。
竜神の血を引く彼らの力。
それでしか動かせないものもまた、里には沢山あるのでね。
…それに頭領が心から長としての役目を、愉しんでいるようには見えない」


そうだ、すっかり忘れてはいたが。
この野槌という青年もまた、希鈴とほぼ同年代の、同郷の者であるのだ。
ましてや家柄や立場という括りが緩かった幼少期ならば、
ひょっとすると仲の良い友人であったのかも知れない。

彼は断じて希鈴を嫌って、何かを奪おうとしているのでは、無いかもしれない。
もしもただ単にこれが、旧友の肩の荷を降ろしてやろうとして、いるのならば。

「彼にはもっと小さな幸せが似合うのではないか。
私はしばらく共に過ごして、改めてそれを確信した」


そうだ。あの人が本当にやりたいことは、揺れる里民をまとめることでも、
戦いの中に生きることでもない。

犬を飼い、友を作り、テレビを見たり掃除をしたり。
治癒能力を活かし小さな診療所を開いて、頼りなげな若医者さんとして街に馴染み。
いずれ小さな小さな家族を作る…、確かにその方が彼は幸せになれるのだろう…。

何をどのように考えても、野槌の見立てとりくるの見立ては、
離れた場所に着地することがないように思えた。

「しかし頭領は予想外の深い眠りに就いてしまった。
当然ながら薬の分量間違いも無かった。少し浸した針で皮膚を突くだけだったからね。
間違えようがない。
…とりあえず妻は帰らせて、私も彼の目覚めの方法を、探すことにした訳さ」


用心のために常に着けている革の手甲を外し、野槌はりくるに向かって手を差し伸べた。

「来るかい、私と共に、帝国に。魔導科学を調べるために。
何をしようとしているのか、見極めたいのだろう?
…君がいずれ、何のしがらみもなく里を離れ、望む場所に向かいたいのなら」




「えっ、チビ太もついて行くことにしたって?」

翌日早朝。野槌と共に旅装束に身を包んでいるりくるを見て、
割烹着で朝支度を始めていた遊雅は驚いて叫んだ。

「…誰がチビ太ですか。最近は少し背も伸びて来ましたし。
もうちょっとしたら遊雅様も、抜かしてしまうかも知れませんよ」

「はぁ!? いやいやいや、ありえないし!!」

ブンブンと首を振る鳥人精霊。
彼の本来の姿は20代後半くらいの『超イケメン』らしいのだが、
普段は10代半ばの少年か、あるいは小鳥の姿を取っている。

「ってかコレ真の姿じゃねぇし、単なる省エネ仕様だし!?」

「そうですか。で、その真の姿っていうのは、いつ見せてくれるんですか」
「え…それはその、アレだよ、魔力が…っつーか、満期になったらっつーか…」

その『満期』がいつ来るのかはわからない。
何せ遊雅は精霊としての主でもある彼の配偶者の復活がなされないと、
魔力の供給を受けることが出来ない。
それをりくるも知っているから、それ以上の追撃はしなかった。
まだ、焦がれる人に会えなくて淋しいという気持ちが理解出来なかった頃は、
「そんな、いつ満期になるようなわからないもの、解約してしまえばどうですか」
などと言い放ったこともあったのだが。

千々は兄のように慕っている野槌の横にぴったりとくっついて、
旅支度の確認を手伝っていた。

「野獣先輩、頑張ってまどーかがく、極めて来てな! わっち応援しとるき!!」
「いやぁ拙者が極めるのではなく、極めた人を探しに行くだけでござるが」
「そうやき?」

いまいち旅の目的がわかっていない少女は不思議そうに首を傾げると、
『帝国』の『魔導科学』分野で、ある意味一番の有名人の名前を挙げた。

「じゃあ『くらにお』とか言うの探して捕まえてきたらいいきー!!」

「そんな物騒なものは、見つけても捕まえないでござるよ、ニンニン」

苦笑いで首を振る野槌に、残念そうな視線を向ける、千々。
そうしてる間に遊雅による朝食が出来上がり、腹を満たした二人は帝国への旅に、
出発することにした。
後ろ姿をしばらく見送ってから遊雅が呟いた。

「行っちまったなぁ。帝国で頭領の昏睡を解く鍵、見付かればいいんだけど」
「そうやねー、でもわっちもちょっと行ってみたかったなぁ、帝国」

寒さが強いと言われる気候は不安だけれど文化や風土などには、
若い少女の憧れを満たす何かがあった。

「おーサマはん・・・あ、皇帝はん? めっちゃ格好えぇって言うし…!」

「何を言ってるんだいこの子はっ!」

ぽかん、と。しゃもじが千々の頭に落とされる。

「アンタまでいなくなったら、江戸川さんの面倒みるの、オカンだけになってまうやろ!
ほんとにもうこの子はっ、髪の毛だけじゃなくて、頭の中までピンクなのかいっ!!」

「遊雅はん、遊雅はん、オカンモード入っとるきー…」

割烹着にしゃもじ装備で背羽根を逆立てる遊雅の足元に、
そろそろ子犬というサイズではなくなって来たサモエド犬の江戸川さんが、
尻尾を振りながらじゃれついていた。


挿絵2.jpg


「今日の仕事は、こんなとこカ?」

全身を覆うローブの中から革鎧を覗かせた人物は呟いた。
その隣に立つ小さな人物もまた全身を布に覆っている。
どちらの被っているローブの布も本は白いもののようなのだが、
照り付ける陽光と砂埃で赤茶けている。
過酷な砂漠を行く旅人なのだろうか。

「そうですね…。
それじゃあ各地の礼拝所から預かったこの荷物とリストを、
早いところ神殿に持ち帰りましょう」

「アイサー!!」

『神殿』という言葉からこの者たちが、
どこかの教団に属しているとわかる。
そういえばローブの上に、紋章をあしらった布を巻いている。

鎧を着けている方は体格や性別などが解り辛かったが、
その身よりも長い槍を掲げていることから、
神殿に所属する護衛戦士であろうことが伺えた。
小柄な方はローブの隙間から、濃紺の長い髪が覗いている。
こちらはまだ若い…いや幼いと言っても良い女性であり、
手にした法杖の形状からも直接戦うことはないだろう、
神官であることが伺えた。

「では、転移陣を描きます」

少女神官が砂地に、風で消えないよう慎重に、円形の陣を描く。
神官戦士は慣れた態度で荷物に座り、
懐から出したトカゲの干物をしゃぶり始めた。

「やっぱ砂トカゲは美味いナァ」
「……うっ…」

少女神官が背後をジト目で見る。
戦士が好物としているトカゲ肉は、
この少女にはいまいち口に合わないものらしい。

「描けました、さぁ陣に入って」

転移陣の中心を指し示して、少女は戦士を呼び寄せる。
身の丈以上もある槍を背負った背中に、
さらに身の重さ以上のあるような荷物を軽々と背負い、
戦士が陣の中心に歩を進める。

「それでは転移します。…母さまの待つ都へ!」


転移は成功し、見覚えあるオアシス街を確認したのも束の間、
戦士は唐突な当て身を喰らい、咄嗟に後方に数歩下がった。

「何だ、待ち伏せカ!?」


黒い布で顔を隠した数人の男。
手にしているのは玩具のようななまくらな短刀。
物盗りかと戦士は納得し、背中に挿した槍を構えた。

挿絵1.jpg


「残念ながらこの荷は夢巫女様の神殿に収める物!
盗賊ごときに渡す訳には行かないナァ!!」


どこか嬉しそうな声音で、戦士が長槍を振り回す。
その軌跡はがむしゃらなようでありながら、
確実に黒マスクの男たちを蹴散らしていった。

が。

「カルラ! 転移でも何でもいい、逃げロ!!
神殿に戻っ…、ぁ…?」


ローブから覗く砂色の瞳に映ったのは、
ぐったりとした少女を抱える黒マスクの男。
戦闘を専門とする役目ではないが、少女にもそれなりの法力はある。
ただの野盗くらいならば、転移術や攻撃法術で、
煙に巻くことも多いというのに。

「カルラああぁ…!?」

どすん、と。鳩尾に強く衝撃を受け、戦士はその場にうずくまった。
鎧で保護している筈なのに、その奥の臓腑に響く衝撃。
相手が手に持つなまくら刀ではない。
あんなもので刺されたとしても強く守護を与えられた神殿の紋と、
上級の神官戦士にしか与えられない質の良い鎧が防ぐはず。
顔を上げるともう既に一行は、撤退の準備に入っていた。
転移陣ではない…もっと直接的な、
いうなれば宙に穴を開けるような術を使って、
こことは違う時空に逃げようとしている。

「誰だ…、妙な術を使う…。
! まさか最初から、目的はカルラ!?
…ひょっとして、お前ら、まさか、…まさか!!」


夢巫女と呼ばれる、この国の最高位に就く者の、血族。
それを狙う勢力といえば、いくつかの可能性はあったが、
最近になりその凶行を実行に移した勢力があった。
その時に拐われたのは、少女の甥と姪に当たる双子。
彼らは諸事情あって隠されるように育てられていたが、
夢巫女の長男の子…、直系の孫に当たる存在だった。

つまり少女神官・カルラは夢巫女の娘ということになる。

「…分かった…、カルラ! 待ってろ、必ず探しに行く…!
そして、リンとアルも…!!」


言って戦士は槍を支えに立ち上がり、まずは神殿のある方向に、
ふらつく足を進めていった。



暗い部屋。燭台の灯りだけが、弱々しい風に揺れている。
足を組み、背もたれ付きの椅子に腰掛ける男と、その目前に片膝をつく男。
どちらもイズレーン風の装束に身を包んでいる。
そして暗いのでわかりづらいが、膝を付く男の背後には数人の黒装束の男たちが、
微動だにせず気配さえも消して控えているようであった。

「姫を、お連れしました」
「・・・・・・」

椅子に掛ける男が視線を横にちらりと向ける。
その先にはベッドと、そして深く眠る幼い少女。

「想像していたよりは小柄だな。
まぁ実の『兄』からしてああだから、妹が少々幼くとも疑問はないか」


一族を率いる『頭領』である、今は深く眠る人物を思い浮かべる。
20歳もいくつかを越した年齢でありながら、未だに少年か・・・あるいは、
いっそ少女にすら見えるような出で立ちの。

「歌留多姫に、間違いはないのだろうな?」

「カルタ・・・。はい、確か護衛の戦士がそのように、呼んでいたかと思います」
「・・・護衛?」
「はい。えらく身軽な槍戦士で、着込んだ鎧と大量の荷をものともせず、
我ら忍と同等以上に動いていました」
「ほう・・・」

そんな目立つ者と同行していたという情報は聞いていないが。
まぁしかし1神官とはいえ国主と扱われる巫女の実の娘である。
腕の立つ護衛戦士くらいは、付けられていて当然なのかもしれない。

「カルタ・ファルリーン。または久志納 歌留多。調書によると今年で17歳になる。
我が里でいえば元服の年頃だ。・・・担ぎ上げるにはいい頃だろう。
出奔した先代里長・久支納 慈蓮の・・・3女になるのだったかな。
確かその下にも妹が2人ほどいた筈だが」


先代里長には早逝した妻とその後に娶った異国人妻がおり。
その間に産まれた子供は合わせて、息子が3人と娘が5人になると、
調書では伝えられている。

うち5人は里を出奔した後に産まれたらしいので、
久志納の里で知られているのは息子2人と娘1人の3人だけであるが。
つまりこの『カルタ』という娘は、久志納の民たちが全くその存在を知らない、
『先代里長の血を引く直系の娘』ということになる。

『ここは・・・』

少女の瞳が開いた時、目の前にいたのは柔和な雰囲気を纏った、異国風の男性であった。

「気がついたでござるか?」

男性の話す言葉は、彼女の母国語とは違うものであったが、聞いた覚えは何度かあった。
彼女の父親が時折話す言葉に似ていたからだ。
軽くは学んだこともあったのだが、少女は語学領域に対してだけは、
今までの短い人生の中でも満足に才能を発出来た記憶が無かった。

それでも一応は相手の言わんとすることを理解し、
拙くはあるが意思を伝えることも出来ない訳ではない、のだが・・・。

「は、はイ・・・。わタシ、ハ、どうシテ・・・。倒れ、てタ?
オマエ様、ガ、介抱しテクレたのカ?? ・・・でス」


いろいろと、たどたどしかった。

「まぁ、拙者たちのお出迎えが少々、手荒過ぎたという部分もござって・・・。
ひとまず、無礼な方法になってしまったことを、お詫びさせていただきたく存ずる。
歌留多姫」

「カルタ・・・姫・・・。・・・は、そウイえバ! カルタ姉上、ハ・・・!!」

きょろきょろと周囲を見渡す少女。カルタ『姉上』ということ、は・・・。

「カルタ、ハ、わタシの姉上、ダ。共ニ神殿の輸送業務に就イテいタ筈だガ・・・」

「な・・・。では、姫は、・・・一体」

なんとなく、想像は付いて来たが。
忍たちが『護衛の戦士』とか言っていた者が実は、招く予定にあった人物であって。
目前にいる少女は・・・。

「わタシは、カルレイア・ファルリーン、といウ。
・・・カルラでいイ。そう呼ばれテイる」


久志納一族の里長家の血を引く女神官・カルタの妹であり、
彼女と同じく神官としての素養に恵まれていなかったことから、
外回りの巡回業務をよく任されているという、5歳下の妹・カルラ(迦楼羅)。

「12歳、か。・・・まぁ、一族を背負って貰うにしては、少々若すぎる気もするが、
・・・その分よく支えれば大丈夫・・・だろう・・・」


ともすれば。
補佐役として傍に控えるのみならず正式に婚姻関係を結び、
ゆくゆくは実質的に里を自らの支配下に置いて、という。
大義名分に隠した野望については、諦めざるを得ないかも、と。
それだけが残念といえば、残念なところであった。

「して、オマエ様ハ、だレなのダ。
こノよウナ招待のしカタをスる以上、正式ニ神殿ニ話がとオセル立場でハ、
なイノだロウ? ・・・でス」


文法の扱いはいろいろ怪しいが、愚かな子供という訳でもないらしい。
大巫女の娘ということで幼くとも、無関心ではいられないのだろう。
ひょっとすれば既に何らかの事件に、巻き込まれたりしたことが、
あるのかも知れない。

「はっ、流石は姫に御座るな。拙者、野槌 獣兵衛と申す者。
迦楼羅殿の兄上に当たる方にお仕えする忍びの者に御座ります」


野槌は片膝を付き、頭を下げた。

「兄? カリン、兄上、・・・か??」
「伽藺・・・」

希鈴の兄に当たる人物。
元々は第一の里長候補であったが、生まれつき気も体も弱く、
利用されるしかない身の上に嫌気を感じて若い頃に里を離れた。
その後、里の者の宿命通り妖に堕ちたようだが、
樹妖という平和的性質の妖であったためか人間と共存し、
恋をして結婚し・・・子を持つ親になったという。

その後いろいろあって、閉ざされゆく世界と共に隠棲するために、
産まれた子供をこの少女たちの国に預けたりいろいろあったようだが。
・・・経緯を考えれば彼と迦楼羅の間に、接点があってもおかしくない。

「いいえ、その伽藺殿の弟、希鈴殿に御座いまする。
今、希鈴殿は危機的状態にあらせられるゆえ、お救いするためにも、
迦楼羅姫のお力を借りたく思う」

「危機・・・?
しかシ、先程ハわタシをカルタ姉上ト、間違えテいタノでハないカ?
わタシと姉上でハ、出来ルこトガ全ク違ウゾ??」


聡い子供だ。御せるか?
いやその分、御し切れたならば良い駒と、なってくれるだろう。
・・・御さねば。

「いえ、大切なのは、先代の長・・・。
慈蓮殿の血を引いておられるということに御座る」

「父上ノ・・・!」

少女の瞳が、きら、と、輝いた。

「迦楼羅姫のお姿を見た時に、思わず驚き申したのは、
話に歌留多姫と違っていたからだけでは無い。
姫のお姿があまりにも、我が主君に似ておられたからでも、あり申した」

「似テ・・・いルノカ」
「はい。幼き日のあの方に、生き写しで御座る」

そして希鈴と先代里長の慈蓮もよく似ていた。
ということはこの少女も神殿では、母にはあまり似ていないことを、
気狭く感じていたであろう。

姿と・・・そして才能。
どちらかというと父によく似た自分を、自国では居所のない者として、
気にしていたのではないかとその様子がら見て取った。

ならば、そこを付けば落ちるな、と。
野槌は少女に向ける笑顔の裏で計算を完了した。
「ときに・・・歌留多姫は、迦楼羅姫に似ておいでですか?」
「姉上? いヤ、・・・姉上ハ、わタシにハ似テイない。
亜麻色の髪・・・、濃い色の肌・・・。狩りニ向いた伸ビヤかナ躰・・・」


やはり劣等感を感じているらしい。
俯き目を伏せて、睫毛の影を頬に落とす。
・・・ここで、持ち上げよう。

「ではやはりこの仕事は、迦楼羅姫にお頼みすべき件で御座ったな。
希鈴殿によく似た迦楼羅姫なら、里の民も納得するであろうよ」

「え・・・?」

飛び交う疑問符に顔を上げる少女の思考が定まる前に、
さらなる混乱を畳み掛けてしまおう。
そして決断を迫るのだ。混乱から覚めぬうちに。

「迦楼羅姫よ。
・・・兄・希鈴殿を補佐し、久志納の長に就いて戴きたい。
いや、希鈴殿の代わりに次代の長と、なって戴きたい。
あの方はもう・・・、・・・限界だ・・・」

「げン・・・、カい・・・?」

先ほど、名を知ったばかりの。
面識のない兄が、『もう限界』だという。
どういう・・・ことなのか?

「キキてキじょうキョウ、とカ・・・言ったことか?」
「それも一つでござる。
希鈴殿はもう随分、昏睡状態から冷めないでおられる」

「・・・!」
「不思議なことに御身の衰弱は見られないが、
そうなれば今度は精神的な理由があるのではないかと・・・。
今の『里長』という地位は、希鈴殿にとって荷が重いのではないかと、
拙者は考えているで御座る」


希鈴は本来、猛々しい性質でもなければ、大胆な性格でも無い。
元々は兄の伽藺が長を継ぐものだと思って生きていたので、
継承はしたものの里を背負うための覚悟が足りている訳でも無い。

「あの方は生来お優しく気弱な方なのだ。
それが思いも掛けず、揺れ動く里を纏めることとなった。
当然、あの方をやり方に従い助けようとする者も多いが、
同じだけの反対派もまた存在する」


カルラにも何となく解る。
母の神殿の内部でも、いろいろな主張を持つ者がいる。
中には、口に出せば疎まれたり罰されたりするので黙っているが、
巫女が占術などという曖昧なものを用いて国を動かすこと事態を、
快く思っていない者もいることだろう。

そう、人が多く集まれば、意見や主張も、それだけ雑多になる。

「そノ現実ニ戻ルノが嫌デ、兄上ハ眠りの世界ニ逃げテイる、
・・・といウコと、カ? ・・・デす」


野槌は返答こそ返さないが、その瞳で肯定の意思を示していた。

「旧友としては。希鈴殿には存分にお休み戴きたい。
そして目覚めてからも、あの方によく似合った平和な世界で、
穏やかに暮らして貰いたいのだ。
しかし側近としては、あの方の名誉を守るためにも、
この状況を捨て置いて居る訳には行かぬので御座る」

「・・・・・・」

この野槌という男の言うことを、どこまで信じていいのかは、
カルラにはわからなかった。
けれどたった一つだけ、理解の出来る真実がある。
この者の元では、自分にとって負い目でしか無かった、
父方の血を引いた容姿や能力が、役に経つらしいということ。

「ひトツ、聞キタい」
「何で御座るかな?」

父方の里の関係者なら、ひょっとして。

「わレラの国に、カリン兄上が預ケテイた双子がいタ。
リンネと、アルク。その姉弟ガ先だって浚わレタのダ。
そレハ、オマエ様たチの仕業でハ、ナイの・・・カ? でス」


諸事情あってあまり表に出せない預かり子であったとは言え、
カルラにとっては可愛い姪と甥であった。

「伽藺殿のお子、…か…」

野槌は、その件については、関与していない。
とはいえ報告だけは聞いている。
『してもおかしくない』そう思える人物の心当たりも、
全く無い訳ではない。

「残念ながら拙者らではないでござる。
が・・・、我らの里の者ではないかというと、可能性は否定出来ない。
先ほども言った通り、里の民も意見も、一枚岩ではないのだ」

「そウ・・・カ。
ソシて、そノ者達を纏メルトいウ大役に、兄上は疲れ果テテいル。
・・・そういウコと、なノだナ。・・・デす」


面識のある兄ではないが。当然、思い出の一つもあるわけでも、ないが。
心から困っているというなら、妹としてカルラは力を貸したいと思った。
そもそも故郷ではあまり、重要視されていなかった自分だ。
その自分が役立てるなら・・・、自分にしか出来ないというのなら・・・。

「わカッた。でス。・・・そレナら、協力しテモ良イ、デす。
ただ・・・条件、ある。・・・まス」

「条件?」

甥や姪の手がかりは掴めなかった。
けれどこの男は、心当たりが無い訳でもない、という。
低い可能性であっても、賭ける価値はあるだろう。

「わたクシも、なルベく兄上を助ケルコとがデきるヨウに、務めル。
だからオマエ様、モ、リンとアル・・・。
あノコ達の行方ヲ、出来ルカぎリデ、探してクレ。・・・でス」


『全力で』と野槌は頷いた。
こうして久志納の里長の妹は、倒れたまま目を覚まさないという、
一度も会ったことのない兄のため、また故郷から姿を消した甥と姪のために、
いまいち信用しきってはいないものの、この男の指示を聞くことになった。


「という訳で」

野槌が伸べた手の先の、小柄な少女をちらりと見て、りくるは再び野槌に視線を戻した。

「頭領殿の妹君にあらせられる。とはいっても面識は、一度もないようでござるが。
それでも窮地に立たされた兄のために、力を尽くしたいということでござる」
「カルラ、ダ。・・・よろシくタノむ、・・・でス」

頭を下げれば希鈴と同じ色の髪が揺れて零れた。
それこそが彼との、まごうことなき血縁の証。
だが・・・。

(里のことを何も知らない娘が何を出来るというのだろう。
本当に頭領のため、・・・なのだろうか?
この人物は、異国育ちのこの少女を使い、何を企てているのだろう??)

まばたきさえしないりくるの様子に、
カルラは不安そうな面持ちで伺うように首を傾げる。

「あぁ、気にしなくて良いでござるよ、姫。
りくる殿のあの容姿は幻術で創っているものでござる。
元の姿は少し普通とは違うのでござるが、我が里の民としては珍しくないこと。
血縁からいうといずれ姫にも、妖の一族としての印が、
現れ出るかもしれないでござる」
「幻術・・・」

半妖である久志納の民とて幼い時は力が現れないことが多い。
勿論、一生妖の血を発露させない者もいるし、
特にカルラは今まで妖力の干渉を受けずに育っているので、
彼女がどうなるのかは野槌にもわからなかった。

「姫、と及びするべきなのでしょう、…か。
でもボクは、近く里からは、旅立つ予定なので…」

視線を落とすりくるの手に柔らかな手が触れた。

「そレデも、異国ノ・・・何もワカらなイとコロで、同じ年頃くライの人ガいルノは、
心強いゾ。・・・なのデス」

短く細い、あまり器用そうには見えない指で、手の甲を額に触れさせる。

「・・・何?」
「あい、さツ。この国の民ハ、あいさツ、シナいカ?」
「・・・・・・。久志納では、あまり初対面の人の体には、触らないですね。
でも外では手を握り合う挨拶があるようです。
国によっては頬に唇を当てる挨拶とかもあるようですが…」
「そウなのカ。・・・でハ、急ニ触レテ、不愉快だッタか? ・・・デす」

小さく首を振る。
悪意のないスキンシップは、りくるも嫌いではない。

「もうしばらくの間は、ボクも久志納の民ですから。
お仕えさせていただきます、…カルラ姫」



沢山の、武装した兵士。
そして寝床彼らを率いる、大柄な厳つい男・・・。

『私』を抱きしめる女性がその男と対峙している。
とはいってもその女性は病み上がりなのか、
寝床から起き上がることが出来ない。

いや、『私』は知っている。
この女性は病に伏していた訳ではない。
つい数日前に大仕事を終えたばかりなのだ。
『私』をこの世界に送り出す、という…。

「…誤解じゃ!
この子は間違いなく貴方の子じゃ。我が敬愛する大王よ。
妾が、この宮殿から出られぬ身の妾が、
如何にして他の者と通じるのじゃ…!」

女性の訴えを無視し、男は兵士たちに命じ、
『私』を取り上げる。
最愛の温もりから引き離される不安に、
『私』は激しく泣き喚き、抗議の意を示した。

「何を言う。この角、この体毛。
これは人ではない…獣の子だ。
そなた、どのような魔物と通じたというのだ。
…いや、不義の子に対する、これは天罰ではないのか」
「大王…! それは、……の!
妾の身に流れる神の血が、顕現しただけじゃ…!!」
「ふん…。またその話か、そなたに神通力を与えた、
神獣の話…」

くだらぬ、と。
兵士たちから『私』を取り上げ、そしてその男は床に激しく、
『私』を叩き付けた。
…大きな衝撃。そして、意識が、遠のく。
女性の叫び声…。
やがて、その女性の泣き声も、痛々しい悲鳴に代わる。

『私』の意識は既に失われている。
であるにも関わらず、女性の低い呻きが、耳に流れ込んで来る。

「神よ…、神獣、よ…。妾は今から、鬼になります…。
妾から子を取り上げた…あの男を恨み、貴方の名を貶めたこの国を滅ぼし…。
悪鬼と、なります…」

いけない。それは、いけない。
どこからともなく、別の声が聞こえる。
いやこれは、『私』の内側から、発する声…? 

貴女は清らかな心の女性。だから『私』は力を授けた。
怒りに飲まれてはいけない。あの男は所詮あと数十年も生きない。
この国とてそれを追うかのように滅びるであろう。

子を取り戻したいならば、その後に復活させよう…。
数百年に一度、貴女の子を復活させよう。
その子が生涯の中で、自身の正体を思い出したら。
そして、『…』の心に、目覚めたら…。
その生命を『私』と同じ永遠のものとし、神獣として迎えようぞ。

だから、巫女よ。
貴女も消えてはならぬ。恨みの霊になってはならぬ。
この子を護り、育てる者として、人の身を捨てて、生き延びよ…。




「ン? 今、何か言った…か??」

眠りに就いて久しい頭領の、身辺の世話をしていた鳥精霊が、
変化に気付いて視線を向けた。
口元が少し動いたように見えた。が…それからは何の変化も見られない。

「……。気のせいか。
でも生命力は日に日に活発になっていく気がするな。
そして…」


『何』とはいえないが、希鈴の周囲にずっと感じる、また違う生命力。
悪意のあるものではないようだが、
主を失い弱った眷属精霊である遊雅には、
その正体を、知ることは出来なかった。

「千々は知り合いの手伝いにセフィドまで行ってるし。
何かあったらオレが対応しないとだなぁ…、面倒くさいけどまいっか…」


元の力さえ戻れば、軽いことなんだけどなぁ、と。
希鈴の口に水差しで軽く水分を補給して遊雅は寝室を出て行った。



「ア…、デキれバもウ一つ、オ願いしタイこトガある、でス」


まずは何をすればいいのかと尋ね、
とりあえずは希鈴の眠りを覚ますことの出来そうな技術を探すために、
傭兵として生計を立てながら情報を集める。
…と説明を受けた後に、カルラが申し訳なさそうに、口を開いた。

「お願い? 何でござろうか??」

野槌の促しにカルラは言葉を続けた。

「知っテノ通り、神殿ニは神官としテノ、私ノ居場所はナい…。
けレド、家族とシテ心配しテクれる人たちハ、いル。
特ニ・・・カルタ姉上、は、必死デ探しテクれていル筈ダ、でス」


だからこの手紙を渡して欲しい、と。
一枚の封書を彼女は手渡した。

「今回ノコとト、私ガ協力を決意しタ理由ヲ、簡単ニ書いタ。
オマエ様たチニ不利になル書キ方はしナカッタ筈だが、
なンナら開ケテ読んデ貰ってモ構ワナい」


手渡された封書をしばらく野槌は眺めていたが、
「いや」と一言呟くと、それを懐にしまった。

「そのようなことで我らを謀ったとしても、姫に何か利があるとは思えぬ。
信じさせていただくでござるよ」

「……!」

形式的に姫などと呼ばれてはいても、自分は捕虜同然なのかもしれない。
そう考えていたカルラにとっては、
『信用される』ということは目から鱗が落ちるに等しかった。

落ちこぼれの神官。母の能力を全く継がなかった娘。
そのようにしか扱われて来なかったカルラの目には、
この『久志納』という一族の態度は新鮮に映った。

勿論、この一族の排他的な一面により、かつて母が酷い目に遭った。
その事実を忘れた訳では無かったが。
自分が思っているほど、彼らは恐ろしい民族では、ないのかも知れない。

「歌留多姫…つまり、貴女と共にいた神官戦士殿に、
お渡しすればいいのでござるな?」

「うム。お願イスる。…デす」

そう言うと目を閉じ、指で小さな円を作った手を、胸の前で静かに引いた。
彼女がいた国での感謝を示すポーズなのだろう。



ひとつ、ふたつ、みっつ。
いや。気配を消している者が、さらに数人潜んでいる。
まったく。異国の人間なんか、ニオイの違いでわかるのに。

神官戦士は悟った。
先ほどから背後に付き、様子を伺っている者たちが、
妹を連れ去った者たちと同一だと。

「…隠れている必要はないヨ。
とっとと出て来て、カルラの居場所を吐ケ」


静かな声音に殺気を含んで神官戦士が低く唸る。
それに応え進み出てきた、黒衣に黒マスクの男が。
跪く。

「歌留多姫でございますね」
「え…、…そう、だ。カルタは、カルタだが…。
…そんなことより! カルラは無事なのカ!?」

「当然です」

恭しく頭を下げる黒衣の男。
その態度に困惑する。
好戦的に来たならそれなりの対応も考えていたが、
どうやら彼らは自分と妹に敬意を払っているらしい。

「私たちからしても、やんごとなき立場の姫。
危険もご無礼もあるはずがありません。
そしてそれは貴女も同じことなのですよ、歌留多姫」
「え…?」

やんごとなき姫。
確かにこの街でも自分たちは、そう言われる立場なのだろう。
ただし、偉大な者を母に持つというだけの話で、
彼女たち自身は一介の神官であるに過ぎない。
この街のルールでは親族がどれだけ強大であろうが、
本人の立場や力量を上回る対応には繋がらない。

となると…。

「そうカ! お前たち、父方の…暮蒔の!!」
「今は久志納と名乗っておりますが」
「何のために…。
ママを酷い目に遭わせ追い出したお前たちが、
今さら何のために、カルラを連れ去った!?
…まさか、リンやアルも…、お前たちの・・・??」


問いには応えず、一通の封書を差し出す、男。

「その、迦楼羅姫からの、伝言です」

封書を開くカルタ。
そこには確かに見慣れた妹の筆跡。
震えもなく、迷いも無い。普段通りの整った少し丸い文字。
どうやら脅されて書いたものでもないらしい。

「兄上の助力となるべく…、彼らに協力する…。
兄上…オニチャンか? カリンオニチャンのことか??」

「伽藺様はもう里を離れて幾久しい。
それにあの方は人の身を捨て妖となった…。
我が里では、亡くなったものとして、扱われています」
「そうか。
じゃあ、このオニチャンというのは、その下にいると言う…」

「はい。希鈴様です」
「キリン…」

『居る』ということは知っていた。
が、会ったことはない。
異国人かつ後妻という理由で手酷い扱いを受けた母が、
産み落としてすぐに別れたという息子。
母の…狂気の、直接の原因とも言える子…。
当然、まだ新生児であった兄本人に、罪などあろうはずもないが。

「それと、リンとアルの行方の手掛かりも、掴めるかも…と。
…そうなのカ」


手紙から少し顔を離し考える。
リンネと、アルク。兄のカリンが預けていった双子の姉弟。
その子どもたちもまた、何者かに拐われていた。
責任を問われたのは子持り役を預かっていた女性。

双子が表沙汰にされた存在では無かったことと、
国主である夢巫女の嘆願で正式な罰こそは下されなかったが、
かつて夢巫女の乳母を務めた誇り高い祖母により、
彼女は実質的な謹慎状態にされた。
整いかけていた縁談も破談になったという。

実の姉以上に慕っていたというのに。
カルタももう随分、彼女の顔を見ていない…。

「…そうか。子供たちが…見付かれば…、
彼女は…サリアは、開放されるだろうカ…」


一つ、呟き。決意すると。
カルタは被っていたフードを外した。
溢れるのは豊かな亜麻色の髪、そしてカルラとはあまり似ていない、
快活そうな面立ち。

そのまま、神殿の紋が刻まれた鎧を脱ぎ捨ると、
地面に大槍を刺し、側に置いた。
フードに何かを書き付けて槍に結び付ける。
鎧の下には肌を保護する薄物一枚の、
よく鍛えられた、けれど案外女性らしさに恵まれた、
褐色の身体。

カルタ700.png


「…これで良い。誰かがこれを神殿に戻すだろう。
ならばこの書き付けも、神殿の者の目に触れる。
聖別された品を発見し、届けない不心得者は、
この街に居る筈がないからナ」


そして。
黒マスクの男の肩を掴み。
南国の太陽のような笑顔を見せた。

「了解した。しかしカルラを一人で寂しがらせる訳には行かない。
この『ぶりあてぃると』とやら、カルタも行くぞ!
カルラだけじゃない・・・リンやアルも、カルタの大事な妹に弟、
サリアは大事なオネチャンだからナ!!」
posted by 裳本 都桃 at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | さく鯖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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